たごもりすメモ

コードとかその他の話とか。

源泉徴収票シリアストーク: 情報の不均衡とうまくつきあう

TL;DR

  • 自分の給与額が業界内で高いのか低いのか、知るのは難しい
  • 似たような条件の人どうしでうまく匿名化して共有しあえばいいのでは?
  • という欲求を満たす源泉徴収票シリアストークという試みを紹介する
    • 実際の実行にはレギュレーションが重要です

給与に関する情報の不均衡

給与・所得というやつがあります。生きるのに必要なのはもちろん、たとえば同じ会社や同じ職種・同じ業界の中でどのくらい高い給与・所得を得ているかがある種のバロメーターになって、高い人がエラい、みたいなトンチンカンなことを言い出す人も出てきたりする。もちろん給与が高いからエラいなんてことは絶対にないんだけど、それはそれとして給与は高いほうが嬉しい。

だがしかし、給与額というやつは個人の能力だけではもちろん決まらなくて、儲かっている会社にいるかどうか、所属している会社がどのくらいの給与を払うポリシーなのか、会社内でどのように評価されているか、などに大きく依存する。このため、よっぽど良い知人同士であっても直接に給与額どうしを比較するのはめちゃくちゃな危険を伴い、後々まで有害な影響を残す*1ことが知られている。

とはいえ、そこに情報の不均衡ができる。給与を出す側の人達は、色々な人を見比べて、誰にどの程度の給与を出しているかを知っている。また外部の人材エージェントやヘッドハンターなども知っていることが多い。しかし雇われる側はそう多くの情報を持っておらず、そもそも自分の給与は満足すべきものなのか、それとももっと多い額を望めるものなのか、正確に知ることはまず不可能と言ってもいいだろう。

求める情報を整理して限定する

さて情報の不均衡はあるが、そこで情報を求めるにしても、誰かれ構わず給与額を聞いたって仕方がない。自分と較べるんだから、自分と同じくらいの評価を受けているのではないか、という人の情報を聞いてこそ意味がある。職種・職位でともに似たようなポジションで、転職の際に、まさにその人の替わりとなって入る、くらいだと理想的だ。あるいは、単に自分と似たような技術的知識と経験をもっている、と思われるくらいでも構わないだろう。

また、雑に「年収」と言ったときに人が想像するものが意外に異なっていることもある。多くは税引き前の給与総額を指すだろうが、実際の暮らしぶりは税引き後の金額を見ないとわからない、とする人もいるだろう。しかし税金は家族構成や居住地などに影響を受ける一方、出す側が考慮することは少ない*2だろう。福利厚生などまで考えだすとどんどん話が膨れてしまい、とても公平には考慮できない。

自分はソフトウェアエンジニアのためその事情も考えると、特にシニアになってくると給与以外の収入があることもある。技術書や雑誌原稿の執筆による印税および原稿料、副業としての勤務や顧問業などをもっている人もいる。これらも「その人の収入」としては含まれるだろう。

しかし、考えてみれば、いま求めているのは「自分の給与額を評価するための指標」であって、これは他人が原稿料を稼いでいようが副業をやっていようが、何ひとつ関係がない。福利厚生だって転職先を決めるには必要な情報だろうが、今の給与額の評価には関係がない。

求める情報は源泉徴収票にある

必要な情報とは、つまり、源泉徴収票の「支払い金額」*3である。

自分と同じようなポジションの、あるいは自分と同じような技術・知識を持った人の源泉徴収票において、「支払い金額」にどういう金額が書かれているかが知りたい。個人名として「誰の」は実際には重要ではなく、自分と比較できる人だと分かっていればそれでいい。

源泉徴収票シリアストーク

ここまで書かれているようなことを自分が考えたのは、もう8年以上も前のことだ。そのとき話が合った人達とやったのが「源泉徴収票シリアストーク」である*4。ある夜にこっそりと居酒屋の一室にあつまり、強固なレギュレーションのもと、それぞれの年収を安全に共有した*5。このくらいの人達はだいたいどのくらいの給与を得ているのか、自分はその中で高低どこに位置するのか。

結論としては、実に有意義な試みだった。ものすごく生々しく確実な形で、自分の給与額をどう評価すればよいかの情報を得た。参加者の一人からは、後に、あの情報がその後のキャリア形成に実に役立ったということも聞いた。ということで、他の人も条件が整えられるのであればやるといいのではないかと思う。

このエントリは以後、源泉徴収票シリアストークをどのように開催すればよいかを紹介する。ざっくり言うと、数名で行われる飲み会として実行する。

人選が何よりも重要

とにかく、給与額という比較的センシティブな情報を、匿名化した状況とはいえ、共有してよいという人だけを集める。よい友人関係があることが前提になるだろう。また個人名と給与額の結び付きを推測できる条件はできるだけ無くしたいため、同じ会社の同僚などは避けたほうがよいだろう。

自分と比較できる人たちである、ということも重要な条件である。明らかに自分よりもシニアな人、明らかにジュニアな人と給与額を比較する意味はまったくない。「同じくらいもらっていて不思議ではない人」、業界的あるいは知識・経験的に自分と同格程度であろう、という人たちを集めて行うべきである*6

あまり少ない人数だと、誰がいくらもらったかの推測が容易になってしまうため、ある程度の人数がいたほうがいい。おそらく6人以上が望ましいだろう。一方、あまり多い人数になると同格で信用できる人を集めるのも難しいし、全員が同じものを同時に見るのも厳しくなる*7。6〜8人程度が最適なのではないだろうか。

レギュレーションを決める

ここに当時使用したレギュレーション実物がある。これはすべて非常に重要なので、表現を変えつつ理由なども含めて解説する。

レギュレーションの主目的は、どの金額が誰のものなのかを分からなくすることにある。情報は安全に共有できなくては意味がなく、どの金額が誰のものかを推測できそうな手がかりは可能な限り潰しておこう。また金額を見る瞬間を全員で同じにすること、見たときのリアクションを全員で統一することも重要で、これによっていつ出た金額が誰のものかを推測する手がかりも潰しておく。

準備

準備は非常に重要である。守れなさそうな人は参加者に入れてはいけない。

  • 源泉徴収票 20xx年 のものから「支払い金額」のみを転記する
    • 「円」などの表記を入れず、数字のみを書くこと
    • ひと目でわかるよう、3桁ごとにカンマを入れること (例: 8,000,000)
  • 白い紙にプリンタで、黒で印字すること
    • 全員がひと目で見られるよう、数字をできるだけ大きくなるよう印刷すること
    • 数字以外の情報は一切書かないこと

共有すべき情報をシンプルかつ確実に定義する。また「ひと目でわかるよう」は重要で、これで全員が同時に金額を理解できるようにする*8。筆跡などの情報を残さないようプリンタでの印刷は当然だ。

  • 給与所得のもののみを記載すること
    • 原稿料、印税など、主たる給与所得以外のものは含まない
    • 20xx年途中での転職などがある場合は合計金額を記載すること
    • ただし転職前後で著しく給与が異なる場合や不労期間が含まれる場合などは20xx年末の給与所得基準で善意のもと12ヶ月分の給与になるよう補正をかけてよい

これも共有される情報の定義である。単に守ればよい。

  • 白、長形4号の二重封筒に入れること
    • ローソンで販売されているものが望ましい
    • 紙を入れたら密封すること
    • 封筒の外側には一切何も記載しないこと
    • 封筒を折り曲げたりしないこと

これは当日、全員分を出したときに区別がつかないようにするため*9。全員が白い封筒なのに一人だけ茶封筒だったりしたら台無しである。こういう細部をきちんと守れてこそ、安全に重要な情報が共有できると言える。

当日の行動

ここからは当日の行動。実行したときは、できるだけ参加者の知人がいなさそうな街の、できるだけ奥まった場所にある、確実にドアつき個室がとれる店を選んで予約した*10。今にして思えば、ドアつき個室でさえあれば店の外で誰と遭遇しても大して問題にはならなかったんじゃないかという気もするが、しかし秘密の会合めいたイベントを開催するにあたっての雰囲気づくりとしては実に良かった。楽しかった。

さて、当日の行動においても、情報を安全に共有するために守るべき点はいくつもある。

  • 飲み会終了15分前になったら行動を開始する
  • 全員の封筒を取り出し、全員でシャッフルする

これらの事項は単純だが、重要でもある。状況の共有は飲み会の終了直前がよいと思う。見た内容についてお互いに話し合うようなことは何もないし、一人で考える時間をとる方が健全だろう。封筒を全員でシャッフルするのは、もちろん匿名性のためだ。

  • 全員の目の届くところでひとつずつ開封する
    • このとき、参加者は数字を見たら必ず「ふーむ」と言うこと
    • それ以外は口にしないこと

開封時のリアクションを、これらの項目で強制している。強制的に「ふーむ」と言わせることで自分の金額が出てきたときもリアクションのブレをおさえられる*11。これも安全な情報の共有のためには非常に重要。

  • 封筒全部を開封したらハサミで細断する
    • 店を出たら全員分をコンビニのゴミ箱などで確実に投棄する
    • 以降、当日見たことについては口外しないこと

当然である。

給与額がすべてではない、しかしお金は大事

このようにして、安全に、自分の給与額を評価するための指標を手に入れることができる。いい仲間を集められる人は試してみてもよいだろう。

もちろん、給与額がすべてではない。給与額より重要なことはいくらでもある。しかし同時に、被雇用者として働く以上は、あるいはいい人生を送るためにはある程度はお金について考えることは欠かせない。そのための情報を得るひとつの手段として、こういうのもあるよ、という話でした。

*1:人によります。

*2:つまり雇用主からの評価は税引き前の金額に反映されているはず

*3:給与として勤務先から支払われた、一年分の税引き前の総額

*4:当時、ソフトウェア関連の勉強会で 〜 Casual Talk という名前をつけることが多く、それが名前の由来になっている

*5:この安全性のために重要なのがレギュレーションである

*6:自分の場合はソフトウェアエンジニアのコミュニティ内での友人たちのうち、これはという人達で実行した

*7:これは当日の行動として重要な条件である。後述。

*8:例えば数字が小さかったり読みにくかったりすると、よく見ようとする人と見なくても分かってしまった本人の間でリアクションに差が生まれる可能性がある

*9:なぜローソンのものが望ましいという条件をつけたかはもう覚えていない。なんだっけ……たまたま近くにあったのかな。どのコンビニ等でもよいと思うが、どこかのもので統一できれば理想的だろう。

*10:ある冬の日の実行で、あのブリしゃぶは非常においしかった

*11:どうでもいいが、このとき参加者がみんなで「ふーむ」ってtweetしまくってたら、参加者以外がなにやら不穏な空気を感じとったり真似たりしていてちょっと面白かった